大分地方裁判所 昭和24年(行)14号 判決
原告 大下宏之
被告 大分県農地委員会
一、主 文
被告が別紙目録記載の家屋買收計画に対する原告の訴願につき昭和二十四年二月二十八日にした裁決中右目録記載(ロ)の家屋の内階下十坪七合五勺二階五坪(大前秋使用部分)を除く部分の買收計画を維持した裁決を取消す。原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は六分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告が昭和二十四年二月二十八日別紙目録記載の家屋買收計画に対する原告の訴願につきした裁決中、原告の訴願は理由なしとしてこれを排斥した部分を取消す」「訴訟費用は被告の負担とする」という判決を求め、その請求原因として、別紙目録記載の家屋(以下本件家屋と略称)は原告の所有であるが、訴外長州町農地委員会は訴外川崎京之助の申請に基き右家屋について自作農創設特別措置法(以下自創法と略称)第十五條による買收計画を定めたので、原告は直ちに同委員会に対して異議申立をしたところ、却下せられた爲更に被告に訴願の申立をした。しかるに被告は昭和二十四年二月二十八日本件家屋中大前秋の使用部分(別紙目録(ロ)の家屋中十坪七合五勺外二階五坪及び(ヘ)の家屋)に対する原告の訴願は理由があり、これに対する買收計画は取消す。その他の家屋買收計画に対する訴願は理由がなく、この買收計画は取消すべきでない。という趣旨の裁決をし、その理由として裁決書に記載されたところは「訴外川崎京之助は本件家屋中前記大前秋使用部分については賃借権はないが、その他の部分については賃借権を有するのであつて、しかも同訴外人は今次の農地改革によつて三反六畝余の農地を買受け他に尚四反五畝余の農地を耕作中であつて、自作農として農業に精神する見込がある者であるから同訴外人の申請に因り、長州町農地委員会がこれに対して買收計画を定めたことは相当である。」というに在る。しかし(イ)原告は本件家屋を訴外川崎清信に対し賃貸したものであつて同訴外人は既に右家屋の敷地を所有者から買受けている。從つて賃借人でない訴外川崎京之助の申請に基いて定めた本件家屋の買收計画は違法である。(ロ)本件家屋は純然たる住宅として建築せられたものであるから、その構造上農業用施設としては不適である。從つてかような家屋を自創法第十五條によつて買收するのは違法というべきである。(ハ)右家屋は時價数万円の價値があり、長州町農地委員会の一委員もそれ以上の價値を認めていた。しかるに本件買收計画はこれを極めて安價に買收しようという不純な動機によつて爲されたものであるから違法たるを免れない。(ニ)本件裁決は前記のように原告のした訴願の一部を認容し、別紙目録記載(ロ)の家屋の一部及び(ヘ)の家屋の全部に対する買收計画を取消し右(ロ)の家屋については尚その一部に対する買收計画を維持した。しかし右(ロ)の家屋の買收除外部分とその残余の部分とは、その構造上それぞれ独立家屋としての効用を備えていないから、いわゆる区分所有権の対象とはならない。そうとするとかような家屋の一部を買收することは許されざるものというべきであり、そうでないとしても前記のように買收申請人はこの部分について賃借権を有しないのであるから本件裁決中、被告が(ロ)の家屋の内その一部の買收計画を維持し、この点に関する原告の訴願を排斥した部分は違法というべきである。從つて他に違法の廉がないとしても、少くとも右の点に関する限り到底取消を免れない。よつて原告は被告の裁決中前記の如く原告の訴願を理由なしとして排斥し原処分を維持した部分の取消を求める爲本訴に及んだ次第である。と陳述し被告の答弁事実中訴外川崎京之助は同清信の父であることは認める、と述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する」「訴訟費用は原告の負担とする」という判決を求め答弁として原告主張事実中別紙目録記載の家屋中(ト)の家屋を除くその余の家屋が原告の所有であること訴外長州町農地委員会が本件家屋の全部につき自創法第十五條の規定に基いて買收計画を樹立したこと、原告が右計画に対し異議を、次いで訴願を申立て主張の経過に因りそれぞれ原告の主張する内容の決定並びに裁決がなされたこと、被告の右裁決理由が原告の主張するとおりであること(但し裁決書中川崎京之助とあるのは川崎清信の誤記である。)は認めるけれどもその余の事実は否認する。別紙目録記載家屋中(ト)の家屋は昭和二十一年一月訴外川崎清信が代金二千五百円を以て原告から買受けたものであつて所有権移轉登記は未了であるが原告の所有ではない。訴外清信は原告の要請により昭和十六年二月頃本件家屋を原告より賃借して從來の居住地である宇佐郡和間村を引拂いそれ以來右家屋に居住して農業の傍ら副業的に牛馬商を営んでいたものであるが、同訴外人は今次の農地改革に因り田三反七畝歩畑七畝十九歩の開放を受け、同居の父である川崎京之助も畑三畝歩の自作地を有し新に田一反三畝二十三歩畑八畝二十二歩の開放を受けているが農業経営は訴外清信が主体としてなしている。そして本件家屋には父京之助夫婦、清信及び勇の妻子各七人、妹富子夫婦計二十名の大家族が居住し、訴外清信を中心として右のように農業に從事しているのであつて、しかも同訴外人等は從來の居住地において所有した家、屋敷及び農地の一切を賣却処分して本件家屋に轉居するに至つたものであり、右清信の農業経営上必要である。しかるに原告は俸給生活者として他郷に在り、本件家屋を必要としないのに清信に対して明渡を求めるので右清信は自創法第十五條に基き右家屋全部の買收申請をし、長州町農地委員会はこれを相当なりとして右家屋全部につき買收計画を定めたものであるが、右家屋中(ロ)の家屋の一部及び(ヘ)の家屋は前記のように大前秋が居住し、訴外清信はこの部分につき賃借権を有しないので被告はこの部分に対する買收計画を取消し、その他の部分に対する買收計画は相当と認めてこれを維持し、原告の訴願を排斥する裁決をしたのであつて何等違法はないと述べた。(立証省略)
三、理 由
訴外長州町農地委員会が本件家屋の全部につき自創法第十五條による買收計画を定めたこと、原告が右計画に対し異議を、次いで訴願を申立て主張の経過によりそれぞれ原告の主張する内容の決定並びに裁決がなされたこと、被告のした右裁決の裁決書に原告の主張する理由の記載がなされていることは、本件当事者間に爭のないところである。
よつて右裁決に果して原告の主張する違法の廉があるか否かにつき順次檢討を加える。
(一) 原告主張の(イ)について
成立に爭ない甲第一乃至第三号証の各記載並びに前記爭なき裁決書の記載のみに徴すると、反証のない限り一應本件家屋の賃借人は訴外川崎京之助であり、長州町農地委員会は同訴外人の申請に因つて右家屋の買收計画を定めたのではないかと思われる。しかし右京之助が訴外川崎清信の父であることは当事者間に爭なく眞正に成立したものと認める乙第二号証、証人川崎清信、同島田喜佐藏の各証言に右島田証人の証言により成立を認め得る乙第一号証の記載を綜合すれば、訴外川崎清信は昭和十五年一月原告から本件家屋を賃借し、それ以來父京之助及び兄勇等と共にこれに居住して農に從事し來つたのであるが、今次農地改革に因り田三反七畝、畑七畝十九歩の開放を受け自作農となるに至つたので昭和二十三年九月二十一日長州町農地委員会に対し本件家屋全部の買收申請をし、同委員会はこれに基いて前記買收計画を定めたところ(被告は本件家屋中別紙目録(ト)の家屋をその主張の頃訴外清信が原告から買受け、所有権を取得した旨主張するけれどもかような事実を肯認するに足る証左はない)前記のように訴外清信は父京之助と同居し、京之助が小作権を有する農地も事実上自己において小作していたのであるが、この農地は小作権者が京之助である爲同人名義に開放を受けた爲長州町農地委員会の事務当局において買收計画樹立通知(甲第一号証)議事録(甲第三号証)等の作成に際し本件家屋の賃借人從つて買收申請者の表示を川崎京之助と誤記した爲被告もその裁決書(甲第二号証)の作成に当り同様の誤りを犯した事実を認めることができる。他に右認定を覆して原告主張事実を確認し得る証左はないから原告の右主張は理由がない。
(二) 原告主張の(ロ)について
檢証の結果によれば本件家屋中(イ)(ロ)の家屋は住宅としての構造を有し、他の家屋も炊事場、物置、倉庫等であつて右住宅附属の建物であることを窺知することができるけれども、自創法第十五條の立法趣旨は同法によつて農地の買收を受け自作農となるべき者にその農業経営上必要とする施設、物件等を取得せしめてその自作農たる地位を強化し以て農業生産力の増強を図らんとするに在るのであるから、同條第一項第二号によつて買收し得べき建物は必ずしも客観的に農業用施設たるに適する構造を具備するものに限るものと解すべきではないのであつて、右の立法趣旨に副う限り当該自作農となるべき者がその農業経営上必要とする建物はたとえその構造がむしろ住宅に適しているとしても、同号によつて買收することができるものと解するのが相当であるから、本件家屋が仮にその構造上農業用施設たるに適しないとしても、それだけの理由では直に以て本件買收計画を違法とすることはできない。よつて原告のこの主張も採用し難い。
(三) 原告主張の(ハ)について
しかし本件買收計画が原告の主張するような不純な動機に出でたものであるという事実を確認することのできる証拠は見出し得ないから右主張も理由がない。
(四) 原告主張の(ニ)について
思うに自創法第十五條第一項第二号に基く建物の買收は政府が公権力に基いてなすものではあるけれども、所有者に対し買收令書を交付し又はこれに代る公告をしたときはこれに定めた買收時期に当該建物の所有権は政府がこれを取得し、次いで政府のなす賣渡処分に因り賣渡の相手方に所有権が移轉することは同法の規定に照して明白であり、これについては更に登記による公示がなされるのであるから、一個の建物の一部はそれが独立の建物としての経済上の効用を有しない限り、いわゆる一物一権主義の原則上これについて同法による買收は許されざるものと解すべきである。これを本件についてみるのに檢証の結果並びに証人川崎清信の証言によれば、本件の家屋の(ロ)の家屋の内その一部が独立家屋としての構造並びに効用を有する部分はないのであつて、殊に訴外大前秋の使用部分は階下に当るのであるがこの部分とても同様であり、とうてい一の建物たるの構造並びに効用を具えているものとは認められない。しかるに被告は本件裁決において前記の如く右(ロ)の家屋の一部に対する買收計画を取消し、残る部分に対する夫れは取消すべきでないという裁決をしたのであるからこれに因り右(ロ)の家屋の一部について買收計画を定めたと同様の結果を生じたものというべく、さすれば前記の理由によりかような裁決は違法といわなければならない。そうとすると本件裁決中別紙目録記載(ロ)の家屋の内階下十坪七合五勺、二階五坪(大前秋使用部分)を除く部分の買收計画を維持した裁決は失当であるから取消を免れないけれども、その他の部分は正当であるから原告の本訴請求中前記(ロ)の家屋の一部の買收計画を維持した部分の取消を求める部分は正当として認容すべきであるが、その余の部分は失当であるから棄却を免れない。よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條、第九十三條を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 仲地唯旺 有沢作治 木本楢雄)
(目録省略)